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荘厳寺について

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本堂外観

開基は寛永十八年となっていますが、境内に永禄年間の板碑があり室町時代に遡れると郷土歴史家は言います。
かつては真言宗豊山派に属しており、佐原市牧野にある観福寺の末寺でありましたが、平成八年一月単立となりました。

伊能家の氏神・諏訪明神が佐原村の鎮守となり、その別当寺として開基されたものと思われます。
明治の廃仏棄釈まで佐原市新宿の祭礼に重要な役割を果たして来たことが祭礼文書等によってわかっております。

本堂内観

また、当寺には寛政年間の大般若経六百巻があり、各巻の表紙裏の寄付者名によって当時の佐原市・新宿地区のおおよその世帯を伺い知ることができます。

幕末の二度の火災と、維新後の廃仏棄釈によって廃寺の危機を迎えましたが、町内横宿・大和屋佐藤氏等の尽力により菅谷不動尊勧請に成功しその堂宇再建とともに廃寺を免れました。

昭和二七年、諏訪山上の現在地に堂宇を移転しました。その後二〇年間の無住と混乱を経て昭和四七年、第二十八世就任により寺檀一丸となって寺門興隆に努めております。

境内に国重要文化財・木造十一面観音立像を安置し、平成元年九月国県市の補助を受けて収蔵庫が完成しました。
寺域の風景

寺域は約一町歩を有し、境内の一部は佐原公園となっており、桜の名所ともなっています。
江戸時代にはしばしば文人墨客が訪れ、諏訪山からの眺望を賞で詩作を楽しんだといわれています。

御詠歌
   南無不動諏訪の山にぞ月澄みて
         まことの光世々を照らさん