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十一面観音立像

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国指定重要文化財開運招福十一面観音立像

国指定重要文化財開運招福十一面観音像 国指定重要文化財開運招福十一面観音像
はじめに観世音菩薩についてお話いたします。

観世音菩薩は、ほかに観自在菩薩とも申します。
般若心経に出てまいりますあの観自在菩薩であります。
読んで字のごとく、世音を観じてくださる菩薩、自在に観じてくださる菩薩と言う意味であります。つまり、衆生の、声にならない苦悩の声を観じて済度してくださる菩薩ということです。菩薩とは、ボディサットバ(菩提薩埵)の略語で、悟りを得ていながら、あえて衆生済度のために仏陀(如来)とはならずにいる仏様を申し、そのゆえに別に≪覚有情≫とも申します。
来世においては弥陀三尊の一尊として西方極楽浄土に導いてくださる菩薩となっております。
「妙法蓮華経普門品第二十五」(観音経)には、観世音菩薩の功徳、威力(いりき)、慈悲についてくわしく説かれておりますが、特に三十三に身を分かちて人々の苦悩を救ってくださるということが具体的に記されております。つまり、その衆生を救うにはどのような姿となって現れれば救うことができるかということから、たとえば、仏の姿をもって救うべき者には仏の姿を現わし、居士の姿を持って救うべき者には居士の姿を現わし、此丘の姿を持って救うべき者には此丘の姿を現わし、童子の姿を持って救うべき者には童子の姿を現わし、夜叉姿を持って救うべき者には夜叉の姿を現わす等々・・・というように書かれております。

後世、三十三観音が造られたり、観音霊場が三十三ヵ所に定められたりしたのも、この経典に由来していると思われます。また、それとは別に六観音とも特定されております。正(聖)観音、千住千眼観音、馬頭観音、十一面観音、不空羂索観音(又は准提観音)、如意輪観音でありますが、これらの観音様は六道をさまよう私たちを救って下さると言われております。
ちなみに、十一面観音は修羅の世界を救ってくださいます。
さて、その十一面観音は、千住千眼観音や六臂の馬頭観音と同じように、一つのお姿で多くの功徳や威力、慈悲を現わしております。頭上に十一面を持っておりますが、これらはそれぞれ東、西、南、北、東北、東南、西南、西北、天、地の十方にお顔を向け、さらに頂上に一面を加えたものであります。

この十一面のうち、正面三面は優しい慈悲相、左三面は恐ろしい瞋怒相、右三面は牙をむき出した狗牙上出相(くがじょうしゅつそう)、後ろの一面が暴悪大笑相(ぼうあくたいしょうそう)と申し、呵呵大笑しております。この十面を菩薩面と申します。残りの、頂上の一面は仏面となっており、観世音菩薩の根本的なご誓願である慈悲心を現わしております。
さて、正面の慈悲相の三面のうちの一面は、苦しんでいるものを救って楽を与えようとしている相、二つめは、福があっても智慧のない者に福慧を具えさせようとしている相、三っつめは、智慧があっても力のない者に、神通力を具えさせようとしている菩薩の心を現わしております。これを<大慈与楽>と申します。

左側の瞋怒相の三面は、言うことを聞かず悪に走ろうとしている子に対して涙をこらえて叱責している親の顔を現わし、第一面は大悲の心から「迷いの苦しみから抜け出させてやろう」と怖い顔をし、第二面は、楽を得ようとするならば努力をすることが必要だ、と叱咤激励している姿。
第三面は、仏の教えに向かおうとせずあらぬことばかりに熱中している者に、そんなことでは駄目だと叱責している顔で、それぞれ菩薩の大悲のうめきの心を現わしております。これを<大悲救苦>と申します。
右側の狗牙上出相の三面は、子を褒めてさらに努力させようとする親の顔で、第一面は、天性の善者に仏道のあることを教え、これに導こうとしている相、第二面は、悪を悔いて善を行おうとしている者に仏道のあることを示して、これに導こうとしている相、第三面は、善を行いたいと常々考え努力しているが報われず機会をつかめずにいる者に、道を示して善を行わせ仏道に向かわせようとしている相、をそれぞれ現わしております。

後ろの一面は、善いも悪いも判らずにうろうろしている者に、嘲笑してあくに向かうことの愚かさを教え、仏道に向かわせようとしている菩薩の心を現わしております。頂上の一面は如来の相で、仏の教えを説いて仏道に導こうとするもので、観音様の本来の願いを現わしております。先にお話した他の十面は、この本来の願いに基づいて、救いの対象となる衆生によって姿や手段を変えたにすぎません。

一般に十一面観世音菩薩のご本体は、二臂で左手に八功徳水(はちくどくすい)のはいった水瓶(すいびょう)を持ち、水瓶には観世音菩薩の汚泥に染まぬ清浄なる仏心を現わす蓮華がさしてあります。右手は施無畏(せむい)の印をつくり、数珠または瓔珞(ようらく)をかけております。
さて、当荘厳寺の十一面観世音菩薩は、もと、香取神宮の別当寺であります金剛寳寺(神宮寺)のご本尊様でありました。造られたのは平安中期、藤原時代初期とされており、仏師は春日と伝えられておりますが、こちらははっきりしておりません。

元禄十三年に徳川五大将軍綱吉公の命により、香取神宮造営がなされましたが、その折り、金剛寳寺のご本尊も解体修理されたことが、昭和三十五年の修理の際、胎内の銘によって判っております。その時の仏師・今井左近は京都の人でしたが、修理の間佐原に滞在し、この地がすっかり気に入り、修理が終わってからも佐原に住みつき、近隣寺院の仏像を製作したり修理したりして生涯を終えられたということですが、現在でもそのご子孫がおられます。

この十一面観音はお身丈三メートル二十五センチ、総丈四メートルの欅の一木づくりで、豊かなお顔、太く長い腕、指、特に翻波(ほんぱ)式といわれる腰衣の襞(ひだ)の彫りが平安仏の特長をよく現わしており、胴が細く全体に素朴な造りは、関西地方の貞観(じょうがん)時代の造りが関東に及ぼすに至る時間的な流れを感じさせると言われます。
明治時代初期、神仏分離令が行われ、神社などによる廃仏棄釈(仏を廃し、釈を棄てる)の風が盛んとなって、神宮などに接していた神宮寺の多くが取り壊されたり焼かれたりしました。香取神宮に接していた金剛寳寺も同じ運命に遭い、堂塔伽藍は壊され、なかにあった仏像や仏具の全てが外に投げ出され、野晒しにされてしまったと申します。

この十一面観音も、畑に棄てられ野晒しにされていたものを、町内(まちうち)の篤信家、大和屋・佐藤氏のご先祖・佐藤要助氏が譲り受け、荘厳寺にご寄贈くださったものであります。この十一面観音に化仏(けぶつ=頭上の十一面)や蓮華が無く、天衣(てんね)の一部が欠落し、瓔珞が少ないのもそのためであります。

蓮台と舟形光背(ふながたこうはい)は、江戸時代のもので、元禄十三年の解体修理に新しくされたときのものではないかと思われます。舟形光背の頂きは多宝塔を表わし、周囲の文字は、梵語(ぼんご=インドの古い言葉・サンスクリット)の"キャ"という文字で、十一面観音のご真言『オン マカキャロニキャ ソワカ』のキャであります。ご真言の意味は『大悲尊に帰依したてまつる、供養したてまつる』であります。(この文字を種字と申します。この種字はどの仏様もそれぞれ必ず持っており、その仏様を一文字で表わすイニシャルの役目をしております)。

この十一面観音は、昭和三十五年に国の重要文化財に指定され、その際、解体修理が行われました。さらに平成元年には、永年にわたる寺院・壇信徒の国への収蔵庫建設の請願の末、ようやく、国・県・市の援助のもとに現在の収蔵庫が完成いたしました。

国指定重要文化財開運招福十一面観音像

ご詠歌

大利根のはるかなながれ世のながれ
胸にとどめて永遠にたちます

七転び八起きをかけて福迎え
願わば叶うこの世後の世